境内案内

ご覧いただきたい画像をクリックしてみて下さい。

1、本殿
現存の建物は、明治18年より順次建替えられ、本殿、幣殿・釣殿・拝殿、随神門が一連の建造物となっています。門弟60余人を有し、関西一の大棟梁といわれた、宮大工田淵勝義の手により造営されました。
本殿
2、拝殿
明治20年に建替えられました。幣殿、釣殿、拝殿からなります。
拝殿
3、天神社(天満宮)
学問成就や、子育ての神として信仰されています。
初宮詣の際、「名付け石」を奉納する慣わしがあります。
天神社(天満宮)
4、狛いのしし
猪は清麻呂公の随身、また足腰の守護として崇められ、当社では狛犬がわりに「狛いのしし」が拝殿前・鳥居前で守護しています。
狛いのしし
5、絵馬殿
昔より奉納された絵馬が掲げられています。
絵馬殿
6、社務所
御札御守の授与所や、祈祷受付所を備え、また儀式殿も兼ね備えています。
社務所
7、清麻呂公石像
平成2年に、石像が奉納され、また台座は、和気神社崇敬会「国造会」により奉納されました。
清麻呂公石像
8、広虫姫石像
広虫姫卒去千二百年の記念事業として、平成10年に建立されました。
広虫姫石像
9、清麻呂公頌徳碑
明治31年、吉備和気会により建立されました。和気清麻呂公を称える漢文が刻まれています。服部芙蓉翁の撰になる古詩で、書は江上景逸の揮毫です。
また、頌徳碑の建つ岩は、「清麻呂公腰掛岩」ともいわれています。
清麻呂公徳碑
10、茶室
「芳和亭」といい、昭和37年に建てられました。もみじまつりなど、年に数回お茶会が開かれます。
茶室
11、大猪殿
平成19年の亥年を記念して、猪の剥製が奉納され、大猪殿に納められました。
大猪殿
12、宇佐神教碑
道鏡事件の際、宇佐の大神より下された神教です。
「我が国は開闢以来、君臣の分定まれり。臣を以って君と為すこと未だあらざるなり。天津日嗣は必ず皇緒を立てよ。無道の人は宜しく早く掃い除くべし。」
宇佐神教碑
13、随神門
本殿、拝殿に続き、明治28年に造営されました。随身の姿の守護神像を左右に安置した神社の門です。
随神門
14、近松秋江文学碑
当地出身の作家近松秋江(明治9年~昭和19年)の顕彰碑です。代表作に、「疑惑」「黒髪」「子の愛の為に」などあり、私小説家として活躍しました。
近松秋江文学碑
15、太鼓之碑
「清麻呂太鼓」の結成10年を記念して、平成4年に建立されました。清麻呂太鼓は、和気清麻呂公の功績を称えようと結成され、県内外で活動を続けています。
太鼓之碑
16、さざれ石
国歌君が代に歌われる、さざれ石。
さざれ石
17、狛いのしし
猪は清麻呂公の随身、また足腰の守護として崇められ、当社では狛犬がわりに「狛いのしし」が拝殿前・鳥居前で守護しています。
狛いのしし
18、清麻呂公御真筆碑
この書は、清麻呂公の御真筆と伝えられているもので、「我独り天地に慙(は)ず」と読みます。
世の中の人がどうあっても、自分ひとりだけは天地の澄み切った心に照らして恥じることのないように、また自粛自戒を心がけ謙虚に正しい道を歩もうという公の心境を表わしています。
清麻呂公御真筆碑
19、郷土芸能伝承館
郷土芸能を伝承する場として建てられました。清麻呂太鼓や広虫姫太鼓、あすなろ太鼓、また篠笛などの練習場、披露の場として使われています。
郷土芸能伝承館
20、大絵馬
高さ8m、幅10mの日本一の大絵馬。中央にその年の干支を配し、回りは清麻呂公絵巻の絵画をめぐらしています。
大絵馬
21、清麻呂公銅像
この清麻呂公像は、高さ4,63mの青銅製で、故朝倉文夫氏の作です。
昭和58年、清麻呂公御生誕1250年を記念して、清麻呂公の故郷である和気町に寄贈されました。
清麻呂公銅像
22、霞橋
社頭を流れる日笠川に架かる橋で、一般に「俗界と聖界の境にある橋」とされます。
霞橋
23、町立歴史民俗資料館
清麻呂公の銅像の原型や、和気町の歴史民俗資料が展示されています。
町立歴史民俗資料館
24、忠魂碑
和気町藤野地区出身の戦没者百二十二柱の御霊をお慰めする慰霊碑です。
忠魂碑
25、野外音楽堂
藤公園に位置し、藤まつりの際には「太鼓合戦」などが行われます。
野外音楽堂
26、秋江園
神社を取り囲む山は紅葉2000本が生育しています。
毎年11月には「もみじまつり」が行われます。
秋江苑
27、藤公園
全国の著名な藤約100種類を収集した「日本一の藤公園」です。
この公園は和気町が管理しています。
藤公園
28、芳嵐園
日笠川の両岸に位置し、桜の名所として知られています。
約300本の桜が生育しています。
芳嵐園
29、日笠川
河鹿蛙や蛍などが生息する清流です。
日笠川
30、椿苑
「侘助」や「太郎冠者」など、珍しい椿が生育しています。
椿園

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